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雪が融けて人が戻る

節分が終わり建国記念日も過ぎて漸く雪が止み気温の上がる日が続くと雪融けが進み丘陵公園の遊歩道にも人が戻って来た。朝のうちは気温が低くまだ残っている雪は固く締まってその上を歩いてもごぼることはない。(ごぼるは金沢の方言で脚が雪の中に深く沈み込むこと。)

 久々に顔見知りとすれちがうとお互いうれしそうな顔で挨拶する。上から下りて来ると下から上がって来て、この先はどうなっていますか雪は、などと訊く人がいた。先週まではずいぶんはごぼりましたがもうきのうあたりから雪も減って今朝は冷え込んだから固くなって楽に上まで行けますよ、と言ってあげるとその人は安心したという顔で、ああ、そうですか、よかった、どうもありがとうございます、と言って丁寧に頭を下げた。


 ぼくは雪の日も登っていた。だれも歩いていない雪山を歩くのは気持ちがいい。膝下から足の甲までを覆う長いレギンスを長靴の上から付けた脚は膝の上まで雪の中に深く沈み込み歩くのは大変で普段の二倍の時間と三倍の労力を使う。翌朝に筋肉痛が出るほどだ。しかしそれがいい。また斜面を下るのはおもしろい。積雪を蹴散らして滑るように一気に駆け下りる。


 いつだったか雪のピークにスノーシューズつまりかんじきで歩いている中年の男性に出遭ったことがあった。わざわざこっちに近づいて来て、どうも、と言うから、おはようございます、と挨拶した。かんじきを履くと人は好んで足跡のないまっさらな雪面を歩きたくなるもののようであちこちむやみに歩きまわり雪面を足跡だらけに汚してしまう。困った習性だ。それで挨拶ついでに、いいもの履いていますね、どこでも楽に歩けそうだ、と皮肉51%に言ってみた。ぼくも見かけによらずこんじょわるだ。するとその人は素直で、はい、沈まないので便利です、楽してどうもすみません、と昔の落語家みたいにのんきな返事をするから思わず笑ってしまった。ぼくの足跡もその人の足跡もどんどん降ってくる雪ですぐに消えただろう。

 今日は本当にたくさんの人が歩いている。おやっ、小泉さんだ。ぼくに気付いていない。丘陵公園から墓地の方へ行く道を歩いていて遥か向こうだがあの長髪の白髪頭はきっとそうだ。この晴天に傘を持っているのを見れば間違いない。小泉さんは真夏の快晴でも傘を持って歩いている。一度そのわけを聞いたことがあったが、用心のためですよ、と言っていた。この雲ひとつない青空に、と思ったが、ああそうか、熊か、熊が襲ってきたら傘で反撃するつもりか、勇ましい、と勝手に決め付けておいた。それはともかく、小泉さんは靴がすっかり嵌るほど雪が積もると出て来ないからこのまえ会ったのはまだ積雪の少なかった先月の8日ごろだった。あのとき、近ごろ坐骨神経炎になってちょっとつらいからもう走るのは止めたと言って元気がない様子だったが、今日は飄々と歩いているところを見ると症状はいくらか改善したのだろう。


 夕方のニュースで今日北陸地方では春一番が吹いたと言っていた。それほどの風でもなかった気がするが全国で一番早いとアナウンサーは誇らしげだった。妙な自慢をするものだ。 2026年2月19日 虎本伸一(メキラ・シンエモン)




写真:虎本伸一


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